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  呼吸器外科の基礎研究

肺癌・転移性肺腫瘍

≪肺癌に対する基礎研究≫

(1)新規リンパ節転移診断法(OSNA法R)を用いた肺癌リンパ節転移診断

OSNA:One-Step Nucleic Acid Amplification

手術中に、肺癌のリンパ節転移を遺伝子レベルで診断する方法です。
 我々はこれまでに肺癌のリンパ節転移診断において,RT-PCR法による分子生物学的診断で従来の病理学的診断よりも高感度に検出できる可能性を報告してきました。等温下に短時間で試料から直接mRNAを増幅可能なOne-step Nucleic Acid Amplification(OSNA)法を用いることで、より迅速に転移診断が可能となり、非小細胞肺癌リンパ節転移診断に応用できる可能性があります。
 昨年度までに、大阪大学呼吸器外科学を中心に、多施設臨床治験を実施し、現在結果を解析中です。

(2)肺静脈血内遊離癌細胞の同定と予後予測

肺静脈への癌細胞の遊離は転移の第一歩の可能性があります。我々は、新たな遊離癌細胞(Isolated tumor cells:ITC)の同定方法を用いて、血液より癌細胞を分離する方法を開発しました。
 肺癌手術摘出肺の肺静脈血 1ml より遊離癌細胞をネガティブセレクション法で回収しPapa-nicolaou染色後に癌細胞の存在を診断し、サイトケラチン染色で癌細胞であることを証明しました。
 当検討で用いたnegative selection法は、肺静脈内のITC形態学的定性ができ、形態学的特徴により3タイプに分類可能で、Clusterを形成する癌細胞を肺静脈に認めた場合は転移再発のポテンシャルが高いことを報告しました。

Size-based method(Filtration kit)を用いたcirculating tumor cells(CTCs)の新規検出法

さらに、癌細胞をフィルターで採取する方法を試みています。癌細胞と血球細胞にはサイズ間に差があり、それに着目しフィルターにて癌細胞を検出するsize selection法を用いて癌細胞を分離します。この方法は血中循環癌細胞の回収率を損なうことなく従来の方法に比べ操作が容易であり、他施設で対応可能で結果のばらつきが少ないことが優れていると考えられています。

(3)癌周囲微小環境を標的とした肺癌治療の開発

日本人の死因として肺癌の占める割合は上昇傾向が著しく、このような難治固形癌に対する治療の開発は急務と考えています。癌細胞と周囲の間質細胞や細胞外基質のクロストークを解析し、肺癌周囲微小環境を標的とした肺癌治療を考案することを目的として、研究を行っています。薬剤耐性を生じやすい癌細胞に比較して、間質細胞や間質成分を標的とした場合には治療抵抗性を生じにくいと予測され、肺癌周囲微小環境を標的とした固形癌治療によって既存の癌治療に多大な相乗効果を見込めると期待されています。
 腫瘍組織には癌細胞に加えて炎症細胞、免疫細胞のほか、血管・リンパ管の構成細胞、線維芽細胞や炎症細胞、またコラーゲンなどの細胞外基質が存在し、腫瘍微小環境を構築しています。これらの細胞や間質成分は癌細胞の生存・増殖を制御し、さらには癌浸潤・転移に関連しており、癌の悪性化にきわめて重要な役割を果たしています。腫瘍周囲の微小環境は癌幹細胞の生存・分裂のニッチとして働き、癌再発の中心的な機構であると考えられています。
 我々は、癌微小環境の機能調節に重要な役割を果たしている上皮間葉転換EMT (Epithelial Mesenchymal Transition)に注目し、癌周囲間質に含まれるEGF、FGF、KGFやTGF-βなどの増殖因子やコラーゲンから誘導されるEMTシグナル伝達経路について報告してきました。EMTとは、上皮細胞が上皮としての形質を失い、線維芽細胞などの間葉系の形質を獲得する現象であり、間葉系の形質を得た癌細胞は遊走能を獲得し、浸潤、転移を起こします(図1)。細胞や動物実験を用いて、EMTシグナルを制御することで、癌細胞の浸潤能、転移能を低下させることを証明した(図2〜3)。さらに、抗癌剤や放射線に肺癌細胞長期に暴露するとEMTが誘導され、癌幹細胞様形質を獲得する一方、EMTによって抗癌剤や放射線への耐性化が誘導されることを報告しました(図4)。EMTが癌の進展だけでなく、癌幹細胞様形質を獲得することで治療抵抗性においても重要な役割を果たしていることがわかります。

癌周囲に存在する線維芽細胞は正常肺部の線維芽細胞に比して活性化しており、癌細胞のEMT誘導に強く寄与していることを示した(図5)。腫瘍間質におけるEMT誘導にIL-6などの炎症性サイトカインが関与し、TGF-βと相乗的に作用し腫瘍悪性化、治療抵抗性に適した癌周囲微小環境へ変化していると考えられます。したがって、この腫瘍悪性化に関与するサイトカインループを制御することで固形癌治療だけでなく癌幹細胞様形質獲得を阻害し治療抵抗性の克服につながる可能性を示しました。線維芽細胞や炎症細胞を中心とした癌周囲微小環境の構築のメカニズムを解明することで、新たな癌治療の開発につなげていきたいと考えています(図7)。

(4)外科切除標本を用いた個別化治療実現のための予後・治療効果予測因子の解析と展望

個別化治療の実現における課題は、治療成績の向上、毒性軽減であり、切除組織を利用した多数のマーカーが報告されています。最近では、EGFR変異をはじめとするドライバー遺伝子変異はいずれの役割をも果たす標的と考えられ、実際に臨床の場で利用されています。しかし、同じ個体でも癌の性質は同一ではなく、進展とともに変化することが知られ、真の予後因子を明らかにするためには癌悪性度の経時的変化を知る必要があります。
 切除標本から癌細胞を培養する新しい方法(CTOS: cancer tissue-originated spheroid法)によって、癌組織の中の癌細胞をもとの性質を失わずに安定して試験管の中で純粋培養することができます。

CTOS:Cancer Tissue-Originated Spheroids癌組織から作製したSphere

CTOS法を用いると、細胞外基質内で三次元構造が観察され、さらに免疫不全マウスへ皮下移植すると由来肺癌にきわめて類似する腫瘍を形成します。また、CTOSを利用することでより詳細な治療感受性試験が可能になります。

CTOSsを動物接種することによる腫瘍再現

外科医は手術によって治療的切除だけでなく大きな腫瘍組織を採取できる。肺癌や微小環境の動的変化を明らかにすることで個別化医療につながる可能性があり、個々の切除標本から癌の多様性を反映するモデルを考案することが重要であると考えています。

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肺移植

≪ラット肺移植モデルにおけるカフテクニック≫

呼吸器外科の前身である大阪大学第1外科肺・縦隔研究室時代の1989年にカフテクニックを用いたラット肺移植モデルを開発しました。移植肺の血管と気管支にカフと呼ばれる、袖口のようなものを装着することにより、血管・気管支を縫合することなく、ラット肺移植ができる方法です。この方法は現在でも「Mizuta’s model」として、世界のラット肺移植を用いた研究の基本になっており、臓器移植動物実験モデルの教科書にも記載されています。

≪水素吸入による虚血再灌流傷害の抑制≫

摘出した臓器に血流が無い(虚血)状態から、移植手術をして再び臓器に血液が流れた際に、その臓器・組織内の微小循環において種々の毒性物質の産生が惹起され引きおこされる傷害を、虚血再灌流傷害といいます。虚血再灌流傷害は肺移植後の治療成績を大きく左右する病態で、その克服が重要課題ですが、現在のところ決定的な治療法はありません。近年水素分子は活性酸素を除去する抗酸化物質であることが証明され、その治療効果について、様々な疾患で研究されています。当科ではピッツバーグ大学との共同研究で、ラット肺移植モデルを用いて、水素投与は移植後の虚血再灌流傷害を軽減することを証明しました。

 肺移植レシピエントラットに対し、水素ガスを吸入させた場合、移植後の虚血再灌流傷害が軽減され、移植肺のガス交換能が改善することが分かりました(図1)。

 また肺移植ドナーに水素を吸入させた場合、移植前の肺にヘムオキシゲナーゼ1(HO-1)という抗酸化物質が誘導されていることが分かりました(図2)。さらに水素によるHO-1誘導は、抗酸化シグナルであるKeap1-Nrf2シグナルが関与していることが分かりました。これらの結果から、水素は活性酸素を除去するだけではなく、細胞内シグナルを介して、抗酸化物質を増加させる働きを持つことが証明されました。

 当科の研究により、水素ガスは肺移植の一連の行程(ドナー、臓器保存、レシピエント)のいずれにも適応可能であり、すべてにおいて臓器保護効果があることが証明されました。動物実験で得られたデータを元に、現在肺移植術後に水素を投与する臨床試験を行っております。→詳細はこちらをご覧ください


≪植物抽出成分(カルノソール)による酸化ストレスに対する臓器保護≫

国立研究開発法人 医薬基盤研究所と共同で、約200種類にも及ぶ植物抽出成分を検索し、タカクマムラサキという植物から有効性成分(カルノソール)の抽出に成功しました。マウス摘出肺、マウス肺虚血モデルを用い、カルノソールが臓器保護に働くことを証明しました。

 摘出したマウスの肺を培養液に保存したときに、カルノソールを加えていると、摘出肺の細胞傷害を約1時間遅延させることが分かりました(図1)。またマウスの肺を虚血状態にして1時間後に再灌流を行い、虚血再灌流傷害を作成したモデルにおいて、カルノソール投与群では有意に肺機能が保たれることが分かりました(図2)。これらの結果から臓器保護時間の延長、保存臓器の状態の改善が期待でき、肺移植治療成績の向上に寄与すると予想されます。植物抽出成分から製剤化は、開発コストを大幅に抑えた新たな臓器保護薬の開発につながる可能性があります。

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胸腺腫瘍

≪外科切除検体を用いた腫瘍内リンパ球の解析≫

現在、手術・放射線治療・化学療法の他に、がん治療の新たな選択肢としてがん免疫治療への期待が高まっています。肺がんではがん免疫治療は標準治療の一つとなっています。これまでの研究から、がん免疫応答には制御性T細胞(Treg)、骨髄由来抑制細胞(MDCS)、腫瘍関連マクロファージ(TAM)などの様々な免疫担当細胞が複雑に関係していることが分かってきました。また、腫瘍側にもT細胞からの攻撃から逃れるためPD-L1などの免疫逃避メカニズムが存在します。我々は、肺がん、胸腺上皮性腫瘍の手術検体を用いてがん免疫に関わる様々な細胞の詳しい解析を行い、がん免疫制御機構を解明し新たな免疫治療のターゲットを開発する研究を行っています。胸腺腫瘍の免疫プロファイリングを行うと、WHO組織型別に免疫治療の有効性が異なり、B3/Cでは免疫治療が有効となる可能性が示唆されました。

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肺再生

≪脂肪幹細胞を用いた肺再生医療の開発≫

 呼吸不全の状態が長期に続くものは慢性呼吸不全といわれ、その中では慢性閉塞性肺疾患(COPD)が約半数を占めます。近年、成人肺でも解剖学的、生理学的に改善が認められることが報告され、肺実質の再生が可能であることが示唆されました。我々は、慢性呼吸不全に対する治療手段の可能性の一つとして、HGFに注目しCOPD動物モデルを用いてHGFの外的補充による肺気腫の病態改善の可能性を示してきました。さらに、肺気腫モデルに対する脂肪組織由来幹細胞(ADSC)の投与により、肺における内因性HGFの持続的な増加が得られました。肺切除とともにADSCシートを手術部位に貼付することで、ADSCから分泌されたHGFにより肺胞が再生することを報告しました。またADSCは適切な分化誘導法によってU型肺胞上皮へ分化することを示し、肺損傷修復の過程で細胞供給源になる可能性を明らかにしました。図はGFP-ADSCが肺胞上皮マーカーをin vitroでもin vivoでも発現していることを示しています。今後、肺固有の成長因子、幹細胞の同定に加え、遺伝子導入といった再生因子の補充法、間葉系幹細胞を用いた細胞治療、そして肺自体を作りだす生体組織工学について研究していきたいと考えています。

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組織工学

≪交互積層法(LbL法)を用いた創薬・病態解明に応用し得る新たな生体外ヒト三次元肺間質モデルの作成≫

慢性閉塞性肺疾患(COPD)や特発性肺線維症(IPF)をはじめとした慢性肺疾患は、増加の一途を辿りその病態解明は喫緊の課題です。慢性肺疾患は上皮の障害だけでなく、間質もまた同様に不可逆性の障害を受けることが明らかにされていますが、従来の二次元培養や動物実験モデルでは、種差や培養環境の違いから本来の病態を反映していない可能性が示唆されています。その為創薬あるいは病態解明のために、より生体に近い、ヒト細胞を用いた生体外三次元in vitro モデルの作成が期待されています。 当科では大阪大学大学院生命機能研究科 明石研究室との合同研究で、ヒト肺線維芽細胞(NHLF)及びヒト肺微小血管内皮細胞(HMVEC-L)を交互積層法(LbL法)により細胞外マトリックスをコーティングし積層化することで、従来見られなかった網目状構造を持った三次元組織(LbL-3D Lung)を作製する事が我々の研究で明らかになりました。


また疾患由来の線維芽細胞を使った積層体では、疾患の病態に類似した3次元組織が形成される事も確認されました。線維芽細胞、肺微小血管内皮細胞、細胞外マトリックスから構成されるこれらの積層体は、間質の炎症性変化・線維化即ち、慢性肺疾患における肺内のニッチを模した三次元肺間質モデルとして、病態解明あるいは創薬に応用しうる革新的なツールとなる事が期待されます。

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